「悪」の意味や概念とは?

哲学
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「悪」の意味や概念とは?

「悪」、一般的な意味では「善」の反対を指し、欠如でもあります。しかし、その意味や概念の捉え方は非常に多岐に渡り奥が深いです。普段、認識されている範囲では「邪悪さ」を表現する語として用いることが多いとされます。個人的且つ一般的な悪の形態は、『怒り、恐怖、憎悪、心理的トラウマ、復讐、破壊、無知、無視、利己主義』など様々に存在します。

このように、一つに「悪」と、定義できないです。

今回は、日本語における「悪」の意味と概念、そして悪の二元論的要素である「善」を交えて探っていきます。日本の歴史的人物、更には「古事記」にまで遡り「悪」に触れていきます。

それでは早速、悪の扉を開いていきます。

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「悪」の日本語における概念や意味

」その言葉を聞くと、心にざらつく気味の悪さを感じます。しかし、日本語における「悪」という言葉の概念や意味は元々は「剽悍」や「力の強さ」を表すものでした。つまり、私たちが認識する否定的な要素のみしかないわけではないです。

ちなみに、「剽悍」とは「ひょうかん」と読み、動作が素早くて性質が荒々しく強いことを様子を意味します。

そうなの?知らなかった。。。

そして、「悪」が「力」の意を込めて名前に付けられた日本の歴史的人物が数多く存在します。

例えば、平安時代末期に登場した武将、源義平(栄治元年1141年誕生~永暦元年1160年死没)です。彼は、通称『鎌倉源太』と呼ばれました。また、その通称は次のような争いで付けられました。

源義平は、義朝(父)が義賢(叔父)と対立した際に、義賢が住む武蔵国日企郡(東京都、埼玉県、神奈川県の一部)にある大邸宅の大蔵館を襲撃しました。この戦は秩系一族内部の家督争いが発端であり、源氏内部の争いと結びついたものです。この戦で義平は、義賢と義賢の舅(しゅうと)を討ち取り武名を轟かせました。また、この争いの中で、源義平は非常に力を振るいます。そのため、強い」「猛々しい」と意味を込めて「」が名前に付けられ『鎌倉悪源太』と呼ばれるようになったのです。

源義平と同じく、平安時代末期に登場した藤原頼長(保安元年1120年)も「悪」が付けられた人物です。藤原頼朝は公卿と呼ばれ、広家の中の最高幹部として国政を担う職位に君臨していました。そのため通称は宇治左大臣と呼ばれましたが、彼の性格は「強烈に妥協を知らないことで有名だったので「左府」とも呼ばれました。

そして他にも驚くことに、江戸時代初期に権威を振るった僧にも「悪」が付けられていたのです。それは、以心崇伝(1569年~1633年頃)という人物です。江戸幕府の法律の立案や外交、そして宗教統制も引き受けて江戸時代の基礎を作ったとされている僧です。以心崇伝の政治手法は「強引」だったことから、『大欲山気根院僭上寺国師』と評され「悪」の文字が付けられました。

このように本来の「」の概念は、平均して人並外れた「」を持つ人物を指す意味として使われていました。

しかしながら一方で、日本最古の歴史書古事記では「悪」の言葉が登場しますが、現代の「」の感覚に強い使われ方をしています。日本創成神話が記された古事記では「悪事」はマガゴトと読み、対して「良事」はヨゴトと読みます。現代では、マガゴトは「禍事」と漢字で当て、古代の感覚では「禍」は、災いを意味します。つまり現代の感覚に近い「悪」を意味しています。

このように「古事記」では、二元論的要素が含まれています。それでは、次に「善と悪」の対比から「悪」の概念と意味を探っていきます。

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善と悪における「悪」

二元論で対比される善と悪は、教育、スポーツや法律などの秩序を要する場面でよく用いられます。また、宗教や娯楽、伝承など幅広く物語でもこの二元論が対比されています。

その際、しばしば「」は「正義」とされ、「悪」は「不義」とされています。善と悪における「悪」は勧善懲悪という言葉があるくらい忌み嫌われています。

聖徳太子の十七条憲法の第六条に「懲悪勧善。古之良典。」と明記があります。このことから、聖徳太子以前の古来からも「勧善懲悪」の認識があったと理解できます。超自然的な力、すなわち、人並外れた妨げとなる力(悪)は排除されるべきという考えです。

このように「善と悪」で登場する「」の意味や概念は、前に話した古事記や聖徳太子の話で理解できるように、秩序を乱す「突出した」存在を指すようです。

まとめ

「悪」の意味や概念とは?

「悪」その言葉を聞くと、現代では「不義」の要素的な捉え方をされている。しかし、日本語における「悪」という言葉の概念と意味は元々は「剽悍」や「力の強さ」を表すもの、私たちが認識する否定的な要素のみしかないわけではない。

人並外れた力、突出した力の意味を込めて「悪」と呼ばれる。また、二元論の「善と悪」で認識される「悪」は、善と対比して秩序を乱す存在とされている。

上記から「悪」を結論付けると、

人間離れした力」を指し、必ずしも否定的要素はないが、「」が登場すると突然「不義」な存在とされる。「悪」は「善」の引き立て役とすれば、「悪」は「善」そのものであるとも考えられる。

以上でまとめとなります。

<まとめの感想>

ゼノン
ゼノン

「悪」は奥が深いものでした。

掴めそうで掴めない、底知れぬが故に興味関心を抱いてしまう。恐怖に似た要素があります。人は、常識を超えた超自然的な力を目の当たりにすると未開の知であるために恐怖します。そして、「神」或いは「霊」と呼んで思考を止めます。

しかし、人は知識に貪欲な生物です。そうでなければ、「怖いもの見たさ」なんて表現はこの世にないですからね。

また、『悪』は英語で「evil,wrong,bad」と様々に表現されます。「You are wrong.」こう言われたらあまり良い気持ちは抱かないものです。

「You are Bad man.」と言われるとスーパーヒーローになった気分で嬉しですよね。

本来は「You are Batman.」ですけど。。

上記全てを踏まえて、皆さんは「悪」をどう捉えますか?それでは、最後までご覧くださりありがとうございました。

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